テレビ万有時報vol.22
「置いてけぼりな気分・・・の巻」

「僕の歩く道」の最終回、ご覧になった方も多いと思いますが・・何か、その、こっ恥ずかしような居心地悪いような感じ、ありませんでした?あの人もこの人も揃ってみーんな『いい人』になり、そんな人々に温かく見守られメキメキと自立していく自閉症のテル。
理想的ではあるけど、「現実はこうは行かないよねぇ。。」とつぶやいちゃうあたくしは、やっぱり汚れきっちゃってるのでせうか(ぐすん)。

このお伽噺のような結末にはちょっと暴れたくなるあたくしでしたが、でも、全般的にはいろいろ考えさせてくれるドラマでございました。
なかでも、特に考えさせられたのは『コミュニケーション』のこと。
自閉症の人は予め決まっている事柄に関しては大丈夫だけど、突発的な状況には対応できなかったり、喜怒哀楽には割と無頓着だったり。
そこにね、越えられない壁のような、コミュニケーションを取る上での大きな限界を感じてました。
だって、落ち込んでる時にはすぐに気づいて欲しいし、慰めたり励まして欲しい。
良いことがあった時は一緒に喜んで欲しい。
そうされて、自分も相手にそうして共感し合い、その察し合う時間が短ければ短いほど『近い存在なのだ』とずっと信じて疑わなかったから。
ところが、その確信を根本からグラグラと揺さぶってくれちゃったのがこのドラマ。
健常者の世界では・・メールの返信が遅いと言ってはまたそれでイライラしたり落ち込んだり、『空気の読めないヤツ』や『自分にこだわり過ぎる人』はまず嫌われる。
一方、通信手段はハガキだし、人が泣いてようが怒っていようが意に介さず、『自分のペースややり方』に執着するテル。
でも、じゃあ健常者同士なら何でも分かり合えるのか?と言えばそうでもなく、なまじっか相手の状況や気持が想像できちゃうだけに、自分の思うような反応がないと、それも早く返ってこないとムカついたりもする。
普段『あうん』の呼吸でうまく行ってる者同士であればあるほど、余計に相手に求めるモノも大きくなるしねぇ。。

そんな中、ほとんどブレのないテルという存在に安らぎのようなモノを覚えるのは分からないでもないのだけど、それがコミュニケーションなのかどうかは、まだ何とも言えない。
自ら進んで自閉症の人と関われるかと聞かれれば、正直そこまでの気持にも至ってない。。

で、人のこと、こんな風にゆらゆらグラグラ揺れさせておいて、あの結末?!?戸惑いも迷いも偏見もさっさとみんな吹っ切っちゃって、何すがすがしくなってるのよっ?!・・と、出口のない堂々巡りの旅を続けるあたくしなのでした。。



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